私は1年生と3年生のとき、チームが
**全国高等学校野球選手権大会**の舞台に立った。
いわゆる“強豪校”でプレーし、
「高校野球をやるなら強い学校でなければ意味がない」
本気でそう思っていた。
だから小学校も中学校も頑張った!
推薦もいただけるようになった。
甲子園に出ること。
それが高校野球の価値であり、正解であり、目標であり、証明だった。
実際、あの場所で見た景色は特別だった。
大歓声、アルプススタンド、独特の空気。
人生で一度でも立てるなら、立つべき舞台だと今でも思う。
しかし――
高校野球に関わる立場になり、
さまざまな学校、さまざまな選手を見てきたとき、
自分の中の「正解」が揺らぎ始めた。
甲子園に届かなくても、
3年間やり切った選手がいる。
レギュラーになれなくても、
誰よりもチームを支え続けた選手がいる。
強豪校ではなくとも、
仲間と笑い、泣き、成長した時間が
その選手の人生を確実に豊かにしている。
あの頃の私は、
「勝つこと」や「舞台」に価値を置きすぎていたのかもしれない。
甲子園は確かに特別だ。
しかし、甲子園だけが高校野球ではない。
野球を通して何を学び、
どんな人間になるのか。
それこそが本質なのではないかと、
今は思う。
強豪校でやる意味はある。
だが、強豪校でなければ意味がないわけではない。
甲子園は“すべて”ではない。
けれど、目指す価値のある場所であることもまた事実だ。
だからこそ私は今、
子どもたちにこう伝えたい。
「どこでやるか」よりも、
「どうやるか」を大切にしよう、と。
そして
「挨拶や礼儀」を徹底しよう。
そうすれば社会に出ても立派な大人になれる。